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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(オ)388号 判決 1959年2月20日

主文

原判決中、同判決末尾添付の別紙第二欄記載の各金員及びこれに対する昭和二七年一二月一〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差戻す。

本件その余の上告を棄却する。

被上告人らは、上告人に対し、それぞれ本判決末尾添付の別紙目録該当欄記載の各金員を返還し且つこれに対する昭和三一年三月二九日から返還済まで年五分の割合による金員を支払え。

本判決第二項の部分に関する上告費用は上告人の負担とし、前項の裁判に関する費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人鈴木於用の上告理由並びに民訴第一九八条第二項の裁判を求める申立の趣旨及び理由は、いずれも本判決末尾添付の別紙(一)(二)(三)記載のとおりである。

右上告理由第一点について。

裁判上の請求による時効の中断が、請求のあつた範囲においてのみその効力を生ずべきことは、裁判外の請求による場合と何等異るところはない。そして、裁判上の請求があつたというためには、単にその権利が訴訟において主張されたというだけでは足りず、いわゆる訴訟物となつたことを要するものであつて、民法一四九条、同一五七条二項、民訴二三五条等の諸規定はすべてこのことを前提としているものと解すべきである。

ところで、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であつて全部の存否でないことが明らかであるから、訴訟物となるのは右債権の一部であつて全部ではない。

それ故、債権の一部についてのみ判決を求める旨明示した訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ、その後時効完成前残部につき請求を拡張すれば、残部についての時効は、拡張の書面を裁判所に提出したとき中断するものと解すべきである。(民訴二三五条参照)若し、これに反し、かかる場合訴提起と共に債権全部につき時効の中断を生ずるとの見解をとるときは、訴提起当時原告自身裁判上請求しない旨明示している残部についてまで訴提起当時時効が中断したと認めることになるのであつて、このような不合理な結果は到底是認し得ない。

これを本件について見るに、本訴が本件不法行為により各自の蒙つた損害の全額を明らかにした上そのうち一割に相当する各金額についてのみ権利を行使する旨明示して提起されたものであることは原判示のとおりであるから、右訴の提起による消滅時効中断の効力は右当初訴求の金額の範囲に限つて生ずべく、その後請求の拡張により訴訟物となつた残額には及ばないものと解すべきところ、原判決がこれを右残額に及ぶものと解し、この理由をもつて右残額に関する上告人の時効の抗弁をたやすく排斥し去つたのは、法令の解釈を誤り審理不尽の違法に陥つたものであつて、論旨は理由がある。

されば、原判決中請求拡張にかかる残額につき被上告人らの請求を認容した部分を破棄し、なお時効完成の有無につき更に審理を遂げさせるためこれを原審に差戻すべきものとする。

右上告理由第二点ないし第五点について。

論旨は、すべて原審が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、上告適法の理由とならない。

されば、原判決中前記破棄すべき部分を除くその余については本件上告を棄却すべきものとする。

民訴第一九八条第二項の裁判を求める申立について。

上告人が右申立の理由として主張する事実関係は、被上告人らの争わないところである。そして、本件原判決の一部が破棄を免れないこと前説示の如くなる以上、原判決に付せられた仮執行宣言がその限度で効力を失うべきこと勿論である。

されば、右仮執行宣言に基き給付した金員を仮執行宣言失効の限度において返還を求めると共にこれに対する給付の翌日から返還済まで民事法定利率たる年五分の割合による損害金の支払を求める上告人の申立は、これを正当として認容しなければならない。

よつて、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、一九八条二項、九五条、八九条、九三条一項本文に従い、主文のとおり判決する。

この判決は、藤田裁判官の少数意見を除き、全裁判官一致の意見である。

藤田裁判官の少数意見は次のとおりである。

被上告人等(その前主を含む以下同じ)は、本件訴提起の当初にあたつて、その訴状に、上告人の不法行為を原因とする本件損害賠償債権を特定し、該不法行為に因つて被上告人各自の蒙つた損害の全額を明らかにした上、本訴において、その一割に相当する金額の支払を請求したのであるが、後、本訴の第一審に係属中に右請求の趣旨を拡張して原判決摘記の金額の支払を請求するに至つたことは、本件記録上明白である。

多数意見は、本訴のごとき一部請求の場合に、残部については訴の提起による時効中断の効力を認めず従つて右請求の趣旨拡張にかかる部分は右拡張申立の当時、既に消滅時効にかかつていたものであるとの見解の下に、上告人の時効の抗弁を排斥した原判決を破棄したのである。

しかし、自分は本件におけるがごとく、訴状に損害賠償債権の全部について、その請求の原因、並びに損害額の全額を明示し、ただ、本訴においてその一割に相当する金額の支払を請求する旨の訴を提起した場合には、この訴の提起によつて、該債権の全額について消滅時効中断の効力を生ずるものと解する。

多数意見は「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であつて全部の存否でないことが明らかであるから、訴訟物となるのは右債権の一部であつて全部ではない。それ故、債権の一部についてのみ判決を求める旨明示した訴提起による消滅時効中断の効力はその一部の範囲においてのみ生じ」、残部については訴の提起による時効中断の効力は認められないとするのである。請求の一部訴求の場合、その一部についてのみ訴訟法上、訴訟係属の効力を生じ残部について訴訟係属の効力の生じないこと、その残部は、その訴訟において、訴訟物となつていないことは多数意見の説くとおりである。

が、訴訟法上訴訟係属の効果が生ずるということと民法の規定する消滅時効中断の効力との間に、しかく必然的な関係があるものであろうか。

わが民法は、時効中断の事由としては「請求」、「裁判上ノ請求」と規定していて、独乙民法のごとく訴の提起とは規定していないのである。独民法は、権利者が請求権の履行を求める訴又は確認の訴を提起したときに消滅時効は中断する旨を規定している、(独民法二〇九条)そして独民訴は独民法が訴の提起に附着する効力は訴のあつたときから始まる旨(二六七条)訴の提起は訴状の送達をもつてする旨(二五三条)を規定し、訴の提起によつて訴訟事件の権利拘束を生ずと規定しているから、(二六三条)独乙法では訴の提起による時効中断と訴訟事件の権利拘束-訴訟係属-とは切つても切れない関係を生ずるのである。であるから、一部訴訟では、他の部分については権利拘束-訴訟係属-の関係を生じないのであるから、その部分については時効中断の効力を生じないとすることも当然の結論である。

また、独乙法では、時効の規定の本源をなす民法の規定自体に中断の事由として、請求権の履行を求める訴(給付訴訟)又はその確認の訴を提起したときと規定しているのであるから、中断の効力を生ずるのはその訴訟において判決を求める対象となつている請求の部分に限るのであつて、その訴訟において判決の対象となつていない請求の一部のごときは問題とならない、後に請求の拡張によつてその部分が判決の対象となつたときは、その部分につき権利拘束を生じたときから中断の効力を生ずるということは当然である。又確認の訴についても、積極的に権利の存在の確認を求める訴に限るのであつて、不存在確認訴訟における被告としての主張のごときは、中断の効力はないとせられるのである。

これと異つてわが民法では、時効中断の事由としては「裁判上の請求」という解釈上きわめてゆとりのある言葉を使つているのみならず、裁判外の請求にすら一定の条件の下に時効中断の効力をみとめているのであつて、(独乙民法においてはかかる中断事由を認めていない)かかる法制の下においては独乙法のように、厳格な意義における訴訟係属なる観念にこだわる要はないのであつて、民法が時効中断の制度を設けた本来の趣旨に従つてその実質的な理由にもとづいて「裁判上ノ請求」の意義を究明すれば足るのである。

翻つて、従来のわが大審院判例の趨勢を見るに、大審院が、

「請求ニ因ル時効ノ中断ハ裁判上ノ請求タルト裁判外ノ請求タルトヲ問ハス其ノ請求アリタル範囲ニ於テノミ時効ノ中断ヲ来スモノナルヲ以テ一部ノ請求ハ残部ノ請求ニ対スル時効中断ノ効力ヲ生スルコトナシ従テ債権者カ裁判上一部ノ請求ヲ為シタル後其ノ訴ノ申立ヲ拡張シテ残部ノ請求ヲ為シタル場合ニ於テモ其ノ申立拡張ノ時ニ始メテ残部ノ請求ニ対シテ時効中断ノ効力ヲ生スルモノト解セサルヘカラス」(昭和四年(オ)第一一六号同年三月一九日民事第二部判決)

としていることは上告論旨指摘のとおりである。

しかしながら、大審院にもこれと反対の判例もある。船舶の沈没の為め生じた損害について、船舶沈没当時の価格を基礎とする積極的損害賠償の請求の訴は、之によりまだ、訴の目的となつていない船舶価格騰貴に因る利益喪失及び船舶使用不能に因る利益喪失の各消極的損害賠償債権の消滅時効をも中断するとするものである。(大正一〇年(オ)六九八号同一一年七月一〇日民事第二部判決)右のように、この問題に関する大審院の判例は、必ずしも一貫していないといわなければならない。

さらに、確認訴訟の提起による時効中断の問題についても、大審院は、「債務者ヨリ提起セラレタル債権不存在確認ノ訴ニ於テ被告トシテ債権ノ存在ヲ主張スルカ如キハ単ニ防御ヲ為スニ止マリ権利者自ラ権利ヲ行使スル行動タラサルヲ以テ時効中断ノ効力アルモノニアラス」との判例を持続して来たのであつたが、(大正一一年(オ)二四号同年四月一四日民事第一部判決、昭和六年(オ)四七八号同年一二月一九日民事第三部判決)昭和一四年に至り民事聯合部の判決をもつてこれを変改し「相手方カ自己ノ権利ノ存在ヲ争ヒ消極的債務不存在ノ確認訴訟ヲ提起シタル場合ニ於テ之ニ対シ被告トシテ自己ノ権利ノ存在ヲ主張シ原告ノ請求棄却ノ判決ヲ求ムルコトハ之ヲ裁判上ノ権利行使ノ一態様ト做スニ何等ノ妨ケナク」として「被告カ請求棄却ノ判決ヲ求ムル答弁書又ハ準備書面ヲ裁判所ニ提出シタル時ヲ以テ又若シ斯ル書面ヲ提出セサル場合ニハ口頭弁論ニ於テ同様ノ主張ヲ為シタル時ヲ以テ債権ノ消滅時効ハ中断スルモノト解スルヲ妥当ト断セサルヲ得ス」と判示している。(昭和一二年(オ)一五五三号同一四年三月二二日民事聯合部中間判決)そしてこの判決においては訴訟において被告として自己の権利の存在を主張することも、民法の「裁判上ノ請求ニ準スヘキ」ものとしているのであつて、時効中断の事由として訴の提起なる観念にとらわれていないことを注目すべきである。

なお、大審院の判例に保険契約関係の存在確認の訴は、その後に生じた保険事故に基く保険金請求権の時効を中断するとするものがある。(昭和四年(オ)一九五六号同五年六月二七日民事第二部判決)かかる保険金請求権は当該訴訟の目的となつていない従つて訴訟係属の関係を生じないことは勿論であるけれども、その基本的法律関係である保険契約について存在確認の訴の提起があればかかる訴はまた保険金請求権の「裁判上ノ請求」に包含せられるものと解するを妥当とするというのである。ここに至つては大審院も請求権の消滅時効中断の事由としての「裁判上ノ請求」は、その請求権の訴訟係属と必然の関係あるものとはみていないのである。

かくして、旧来の大審院もその態度は必ずしも一貫していない憾はあるけれども民法の「裁判上ノ請求」とは必ずしも、訴の提起たるを要せず、訴訟においてその権利の存在を主張するをもつて足る場合もあるものとし、又必ずしもその請求権の訴訟係属と必然的な関係に在るものと見ていないことが理解されるのである。

そもそも請求をもつて請求権の消滅時効中断の事由とした所以のものは、前示大審院聯合部判決もいうごとく「蓋シ消滅時効ノ中断ハ法律カ権利ノ上ニ眠レル者ノ保護ヲ拒否シテ社会ノ永続セル状態ヲ安定ナラシムルコトヲ一事由トスル時効制度ニ対シ其ノ権利ノ上ニ眠レル者ニ非サル所以ヲ表明シテ該時効ノ効力ヲ遮断セントスルモノ」であつて、民法が単なる請求をもつて確定的に中断の効力あるものとせず、更に「裁判上ノ請求」に因ることを要するものとした所以は、訴訟という確定の形式をもつて、確実に権利の存在を主張することを必要としたのにとどまるのであつて、必ずしも権利拘束乃至訴訟係属というまでの訴訟法上の効果を要求するものと解する必要はないのである。権利の上に眠らずとするにはさまでの訴訟法上の効果を必要としないからである。

殊に本件のごとき当初から特定の損害賠償債権そのものは訴訟物とされ、その請求の一部につき判決が訴求されている状態であつて、権利者は訴訟の係属中は、なんどきでも、請求の拡張という方法によつて残部の請求全部につき容易に判決を求めることができる状態におかれているのである。(請求の潜在的訴訟係属)これをしも民法の「裁判上ノ請求」若しくは前記大審院聯合部判決のいわゆる「裁判上ノ請求ニ準スヘキモノ」と看做すことは民法時効中断の制度の趣旨に何の背反するところもないのではないか。

また、現に損害賠償債権の存否そのものが訴訟において争われ、その請求の一部が訴訟係属している以上、残部の請求についても、後に確実な証拠による証明の困難を避けんとする時効制度存在の一理由もその事由の大半を失うこととなりこの点からしても時効中断の合理的な事由となり得るものと解してあやまりないであろう。(さらに、給付訴訟は、必然的に権利の存在確認の請求をその前提として包含するものと云われる。この見地に立てば本訴のごとき一部請求の給付訴訟においても基本たる損害賠償債権の存在確認の趣旨はこれに包含されているのであつて、基本たる保険契約存在確認の訴訟は、その契約から派生する保険金支払請求権の時効を中断するという前掲大審院判例の趣旨を是認するならば、本件給付訴訟に包含される損害賠償債権存在確認の訴旨は、まだ訴訟係属を生じていない残部の請求をも含めて損害全額の請求権について時効中断の効力を生ずるものと解することもできるであろう。)いずれにしても、同一債権が訴訟物とされてその存否が訴訟上争われ、その訴訟が現に進行中であるにかかわらず、その一部が時効によつて消滅するという考え方のごときは著しく吾人の常識に反するというべきではなかろうか。右大審院判例も「一方ニ於テ権利関係ノ存否カ訴訟上争ハレツツアル間ニ他ノ一方ニ於テ該権利カ時効ニ因リ消滅スルコトアルヲ是認セントスルカ如キ結果ヲ招来スヘキ解釈ヲ採用スルコトハ条理ニモ合致セサルモノト謂フヘケレハナリ」といつているのであるがこの論法は、またもつて本件の場合にも妥当するのではなかろうか。

論者、或は、民訴二三五条の規定をもつて、以上のごとき解釈の妨げとなるものとする。しかし、同条は訴の提起による時効中断の効力は、訴の提起、即ち訴状を裁判所に提出したときに効力を生ずるのであつて、訴状が相手方に送達されたとき(独民訴はかく解する)でもなければ、口頭弁論において訴状に基き陳述がなされたときでもないとして時効中断の効力を生ずべき時点を明らかにしたにすぎない。わが旧民訴においては「訴訟物ノ権利拘束ハ訴状ノ送達ニ因リテ生ス」(一九五条一項)という規定があつたにかかわらず、当時から、時効中断の効力は訴状を裁判所に差出すことによつて生ずるものとされていた。(ここにも、訴訟係属と時効中断とは必ずしも、必然の関係に立つものでないとする考え方があらわれている)民訴二三五条はこの旧民訴の考え方を踏襲してこれを明文化したものである。従つて同条後段の「二三二条二項の規定により書面を裁判所に提出したときに時効中断の効力を生ずる旨」の規定も、二三二条二項の規定により書面を提出して新訴を提起する場合にも訴提起の例にならいその書面を裁判所に提出した時をもつて時効中断の効力発生の時点とするということをあきらかにしたまでのものであつて、二三二条二項により書面を提出するすべての場合につきその時効中断の効力は書面提出の時に生ずるとの趣旨を規定したものと解すべきでない。例えば損害の額につき鑑定の結果、後に至つて賠償請求額を増額する場合にも、その増額の請求は必ず、二三二条の書面を裁判所に提出して為すべきであるが、この場合においても時効中断の効力はその全額につき当初の訴提起のときに生ずると解すべきことについてはおそらく異論を見ないであろう。(時効中断と権利拘束との関係について厳格な規定を有する独乙法においてすら、貨幣価値の変動による請求額の増加の場合は当初訴提起のときよりその全額につき時効中断の効ありとすること判例学説の一致するところのようである。)民訴二三五条の趣旨を以上のごとく解する以上、本件のごとき場合、二三二条により書面を提出して請求の趣旨を拡張するときと雖も、時効中断の効力はその全額について訴提起のときに生ずると解しても、何ら二三五条の規定に抵触するところはないのである。

以上自分は民法が消滅時効中断を認めた制度の趣旨から理解して、本件のごとき場合において、時効中断の効力は、後に請求の趣旨拡張によつて拡張された請求の部分についても訴提起のときに生ずる、そして、右中断の効力は訴訟の係属中は持続するのであるから、本件のごとく、訴提起の時から請求の趣旨拡張までの間に時効期間を経過した事実があるとしても、これによつて消滅時効が完成したと解すべきものでないと思料するのである。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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